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ことばの砥石

2011年07月05日配信

■仕事のお悩み相談所:相談と回答編

Q:人材を受け入れるためはどういう準備が必要でしょうか?


いつも楽しく読ませていただいてます。
以前ぐっとくるブランディングの講演を聞かせていただきました。
私は、ずっと安田さんの考え方が面白いなと思って
とても参考にしてきました。

初めて安田さんの存在を知った頃、
私は『人材の大切さ』を痛感した頃でした。

営業マンってがんばっていた頃は、自分の事しか考えなかった私は、
人とどう出会い、どう接して、どう育てるか?
ということを初めて理解し始めた頃でした。
が、その時は1人の人材獲得に数百万の費用をかける
という意味がもうひとつ解っておらず、
普通の人を採用して本気で育成に取り組むのが限界でした。

今では、建売や不動産転売、売買仲介、リフォーム、建築請負で
そこそこ利益を上げれるようになってので、やっとのことで、
『優秀な人材』というのとめぐり合うために
動きだそうと思っています。

そこで質問ですが、『優秀な人材』とは、
会社の状態や規模・思想によって違うと思います。
これの方向性を見極めるためには、
社長とスタッフたちはどのような動き!?をすれば良いでしょうか?

要するに、
人材を受け入れるためは、どういう準備をしておくべきか
という事です。

で、これは、
ワイキューブの営業マンの方へ言うべきなんでしょうが、
優秀な人材を紹介いただきたいと思ってます。
よろしくお願いいたします。

A:その答えは採用活動の中にあるのです。


優秀な人材は企業によって異なる。
その通りですね。

世の中には色々な仕事がありますから、
求められる能力も仕事によって変化します。
その際、重要なことは、
職種で能力を切り分けないことだと思います。

たとえば「営業職」ならば、明るいとか、物怖じしないとか、
押しが強いとか、そいういう分類をしないことです。

一口に営業といっても、
そのやり方によって求められる能力は違います。
だからまずは、自社の事業モデルを分解すること。
つまり、自分たちが
「何をもって他社との差別化を図っているのか」ということ。
そしてそれを
「どうやって顧客・見込み客に伝えているのか」ということです。
自分たちがやっている仕事を細かく分類していけば、
求める能力は明確になります。

そしてもうひとつ、
採用時に見抜いておかなくてはならないのが価値観です。
会社が目指す方向に賛同しているかどうか。
実はこれが能力以上に重要なのです。
そして価値観の共有を目的とした採用をする場合、
まずやらなくてはならないのが社長と社員との価値観の共有です。

当たり前の話ですが、
そもそも社内の価値観が一致していなければ採用などできません。
社員によって欲しい人物像が異なるとか、
話す相手によって内容が変わるとか、
それでは面接を受ける側は戸惑うばかりです。

採用活動に真剣に取り組むのなら、
自社の事業の整理と価値観の整理・共有を
同時に行う必要があります。
同時に行うことによって、価値観の共有度合いが
飛躍的に向上するのです。
採用活動は組織強化活動でもある。そう認識してください。

では、新しい人材、優秀な人材を受け入れるためには何が必要か。
これも答えは同じです。
採用活動をしながら、受け入れ態勢も整ってくる。
これが正しい採用のやり方だと思います。

教育体制が整っていないという理由で
採用を躊躇する会社がありますが、これはナンセンスだと思います。
車の運転をせずに運転技術が向上するでしょうか?
子供がいないのに子育てだけが上手くなるでしょうか?

育てる対象が出来て、初めて人は育てることを考えます。
そして、優秀な人材が下から入ってくること自体が教育なのです。
同じ方向を向いた優秀な人材を、まずは入社させること。
すべてはそこから始まるのです。



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■ところで話は変わりますが・・・

私はお酒が大好きでして、
年間360日は酒を飲んでいます。

若い頃からずっとこのような生活をしているので、
おそらく私の肝臓は、
もう役目を終えようとしているのではないでしょうか。
ビールに換算すれば10トンくらいは飲んだと思います。
「肝臓の悲鳴が聞こえる」などと言いますが、
私がその悲鳴を聞いたことは10回や20回ではありません。
最近ではこだまの様に、ずっと悲鳴が鳴り響いています。

お酒というのは不思議なものですね。
世界中、どこに行ってもお酒はあります。
そして見事にその土地の料理とマッチする。
フランス・イタリア料理ならワイン。ドイツ料理ならビール。
日本食には日本酒。中華なら紹興酒。焼肉はマッコリ。
見事なものです。


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これは私の私見ですが、
多分、最初に出来たのはお酒なのではないでしょうか。
そのお酒に合うように料理が作られた。
だからお酒と料理が合うのは当たり前なのです。

・・などと、お酒の話をしていたら、
本が一冊書けてしまいそうです。

で、今日の本題なんですけど、
「酒は飲んでも飲まれるな」について、です。

正直、もしもこの世にお酒がなければ、
私は未だに独身だったでしょう。
友だちも一人もいなかったかもしれません。
社長にだってなっていないはずです。

酒を飲んで妄想し、酒に酔って閃き、
酒に背中を押されて生きてきました。
私は人生が酔拳そのものなのです。
もちろん、それによる失敗も数え切れないくらいありました。
失敗と成功を量りにかけたらどちらの方が多いのでしょうか。


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マリファナや大麻と同じように、
酒も法律で禁止されていた過去があります。
まあ、どちらも感覚を麻痺させるという意味では同じなのでしょう。
習慣性があるとかないとか、いろいろ議論はありますが、
なぜ酒が合法なのかは私にもよく分かりません。
多分、酒がなければ、
人類の失敗は半分以下になるような気がします。
でも私たちは酒を合法化した。それはなぜなのでしょうか。

酒は人の判断を狂わせます。
スピード感覚が鈍ったり、平衡感覚を失ったり、
本能がむき出しになったりします。
とにかく、正常な判断を狂わせるのです。

酒は飲んでも飲まれるな。
これは、酒を飲んでも判断を狂わせてはならない、
ということなのでしょう。

しかし、です。
飲むことによって判断が狂うからこそ、得る物だってあります。
たとえば、好きな人に告白できたりとか、
間がもたない人とでも会話が弾んだりとか、
落ち込んでいるのに笑えたりとか。

シラフじゃ出来ない行動ができたり、
コミュニケーションの潤滑油になったり、
必要ないことを忘れてしまえたり、
まあ、いいのか悪いのか分かりませんが、
酒は人の行動と判断を変えてしまうのです。

もちろん、酔って人に迷惑をかけてはいけないと思います。
吐いたり、絡んだり、一人で帰れなかったり、
そんな迷惑はよくないと思います。

でも、だからといって、
シラフのときと同じ行動や判断をすることが、
正しい飲み方だとは思えないのです。


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酒は美味しい。
食事も一段と美味しくなる。
でもそれだけではない。
人はなぜ酒を飲むのか。

人は「判断を狂わせる」ために酒を飲むのではないでしょうか。
それがいいことなのか悪いことなのか分かりません。
わかりませんが、判断を狂わせるために飲んでいることは確かです。

何かを忘れたいとか、言いにくいことを言いたいとか、
大胆に行動したいとか。とにかく、
自分の感覚や判断基準を入れ替えたいのではないでしょうか。

もしも、全人類が一日の大半をヨッパライで過ごすとしたら、
どちらの判断が本当の判断ということになるのでしょう。
シラフのときの判断か。あるいは酔っているときの判断か。

結局人は何かに酔っているのです。
常識とか、法律とか、民主主義とか、社会保障とか。
何らかの先入観で人の脳みそは酔わされている。

無人島で一人だけの人生になったら、
酔っていてもいなくても、あまり変わらないような気がします。
どうなんでしょう、そんなとき。
あなたなら、一人の人生を酔って過ごしますか?
それともシラフで過ごしますか?

私ならきっと、8割くらいはヨッパライですね。
たまーにシラフに返って、自己嫌悪を楽しむのです。

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