静岡大学や九州大学でも教鞭を取る、ワクワク系マーケティングの小阪先生との対話も中盤に差し掛かります。大量生産・大量消費時代を経た現代日本。対談の前編では、インターネットや検索エンジンの出現を経て台頭する新たな消費感性。それらを脳のはたらきから読み解く、ニューロサイエンス(神経経済学)の最前線のお話を伺いました。中編ではお金という道具の不思議さや、変化した経営のルール、中小企業の可能性についても対話を重ねていきます。

- 小阪
- ちなみに私も、“お金”というものの微妙さって、しばしば感じることがあって。コンビニで買い物してる時に、「おにぎりと、こんな物体が交換されるんだー、なんだか不思議だよな」って思うことがありますね。
- 安田
- 小阪さんも、不思議に思われますか。僕もそうなんですよ。
- 小阪
- もともとは、物々交換が始まりですよね。あとは、モノとサービスが交換されるような「これあげるから、代わりに何かしてよ」っていう世界。それが、お金が持っている価値の交換機能によって、どんどん広がっていってしまった。
- 安田
- そうやってモノやサービスと交換されたお金が増えていって。でも、増えすぎてしまうと、交換されずに置かれてたり、貯められてたりするわけで。
- 小阪
- なるほど、なるほど。
- 安田
- それでも人間は日々、モノやサービスを提供していくわけですが、その割には交換が思ったほどなされない。そういう風になってきている気がするんですよ。
- 小阪
- それは…安田さん、深い話ですね。かなり。
- 安田
- そうですか?
- 小阪
- 確かに、お金は交換されて初めて価値のあるものですから、何かと交換されて動いてないと、意味ないですよね。お金を刷って、ただ置いておいてもね。
- 安田
- 例えば、モノって、どんなモノでも時間が経つと少しづつ劣化していくじゃないですか。

- 小阪
- うん、そうですね。
- 安田
- でもお金って、交換した時はそれと等価のはずなんですが、置いておくとちょっとずつ増えていくんですよ。物理的に、という意味じゃなくて。投資すれば増えるはずだ、という前提で世界が回っている。
- 小阪
- 価値の保存機能がありますし、預ければ金利が付くからですよね。
- 安田
- でも、変だと思いませんか?代わりに交換するモノは少しづつ価値が減っていって、それなのに、お金は少しづつ増えていくって。きっと、それがずっと続いてきて、いつのまにか世界に存在しているお金の総量の方が、生み出される価値の総量を上回ってしまったのかもしれませんよ。
- 小阪
- ははー。
- 安田
- だから、金利がマイナスになるか、それとは逆に、アンティークみたいに時間と共に価値が上がっていくか。そのどっちかじゃないと、僕はお金とのバランスって絶対に取れないと思うんですよね。
- 小阪
- 私も、そこには興味があるんです。お金の歴史についての書物も、たくさん持ってるんですけどね。やっぱりお金って、すごく特殊な発明品なんでしょうね。
- 安田
- お金って単なる概念ですからね。"価値を交換できる"という概念。
- 小阪
- そうそう。概念上だけで増えていきますよね。貯金通帳に並んだ数字も・・・あれ、概念ですもんね。
- 安田
- 年配の方でたまーに、一生、銀行からお金下ろさないで死んでいく人っていますよね。でも、それなら自分で通帳にゼロを書き足したらいいじゃないかって思ってしまうんですよね。僕なんかは。
- 小阪
- それは(笑)あーでも、そうね。そういうセラピーあるらしいですよ。
- 安田
- だって結局、お金は概念なんですから。あっても無くても、一生お金を下ろさないんだったら一緒じゃないですか。だから、時として交換よりも蓄積することが目的になってしまうという、怖い側面も持っていますよね。お金は。
- 小阪
- でも、それって欲しいと思わないから買わない=お金が動かないっていう現代の在り様とも、つながっているような気がしますね。今の若い世代なんかは特に、消費感性はものすごく高いわけですから。バブル世代とは違ってお金も貯めるけれども、貯金のための貯金とかじゃなくて。
- 安田
- そこですよね。そこはある意味、感性社会になって、まともになってきている部分だと思うんですよ。先程、消費感性はどんどん上がっていくと仰ってましたけど。世代を経るごとに、確かに感性が上がってきているんじゃないかと。
- 小阪
- 上がってますね。体験すればするほど上がりますからね。

- 安田
- 美味しいものとか、性能の良いものを知っているから、そんな単純には選ばないってことですよね。例えば昔は、女性が男性を選ぶ価値基準って今よりシンプルだったじゃないですか。良い車に乗ってるとか男前だとか、お金持ちだとか。それが最近、すごく多様化しているらしくて。ようやく、まともになって来たというか。
- 小阪
- それって、自分の感性で選ぶ。つまり複雑な要素を取り込んで、高度な情報処理をしているということですからね。
- 安田
- そうです。だから、皆が良いって言ってる男性が良いわけじゃなくて、それぞれに好きなタイプがいて、好きになり方というのも様々になって、それが認められるというか。それって、良いことじゃないですか。
- 小阪
- そういう話、私もよく聞きますよ。昔は3高とか言って高身長、高学歴…と、あと何でしたっけ?
- 安田
- 高収入?
- 小阪
- そうそう。そういう定型的なモノサシがあったけど、それが崩れてきてるって。
- 安田
- 身の丈に合わないポルシェに無理して乗ってても、カッコつけてるのがわかっちゃいますし。いくらなんでも上から下までドルチェ&ガッパーナは、カッコ悪いんじゃないかって。
- 小阪
- はっはっは(笑)
- 安田
- でも、ちょっと前まで、そういう人っていたじゃないですかー。もう、それだけでモテた時代というのがあったので。でも、最近はモテるのが難しいって言いますよね。
- 小阪
- そういう意味では、現代は、江戸時代に似てきているんじゃないかって主張をする研究者もいるくらいで。“粋”かどうかっていう概念的・総合的な判断で、モノや人間性の善し悪しが決められていた当時は、極めて文化的水準が高かったと言えますし、現代もそれに近づいているのかもしれませんね。
- 安田
- 現代の日本社会は、消費感性が上がったことで、消費における意思決定プロセスが大きく変化していると感じていて。“損か得か”っていう基準に加えて、“好きか嫌いか”という基準が、以前と比べて入ってきていると思うんですよ。
- 小阪
- 今はまさに、移行期でしょうね。昔だったら、他店より1円でも安ければそこで買う、近いから買う、という感じだったんでしょうけど、今は「いや…この店主からは買いたくないな」みたいな感情的な判断が、ごく普通にありますからね。
- 安田
- 人間の感情としては、損得も好き嫌いも昔からあったんでしょうけど。消費に関しては長い間、損得感情が優位だったと思うんですよ。でも、その割合が最近になって、逆転しちゃったんじゃないかと思うんですよね。
- 小阪
- 損得と違って、好き嫌いの判断って、比べる基準が一つじゃないから非常に複雑ですよね。
- 安田
- 複雑ですよね。だって、"明らかに得な商品"をつくるより、"明らかに欲しがられる商品"をつくる方が、難しいですからね。
- 小阪
- ですから、そういう不確実性の高いパラダイムの中では、そもそも"解答がある"という前提でいくら頭を使ってもダメなんですよね。グルグルしちゃうわけです。逆に、消費行動そのものを、自分たちで創れないとダメで。
- 安田
- 正解を探すんじゃなくて、正解そのものを創り出すということですよね?

- 小阪
- そうです。
- 安田
- そう考えると、経営者に求められるものが、明らかに変わってきてますよね。小阪さんが「ビジネス脳を磨く」の中で引用されていた“リザルトパラダイム”でしたっけ?同じことをやっても、人によって違う答えが出ちゃうっていう世界観。昨日の正解が今日の正解じゃないし、A社がやって成功したことをB社がやっても成功しない。でも、それが本来の在り方なんだと。
- 小阪
- 工学的な話ですけど、発展の仕方が線形か、非線形かの違いでね。安田さんが仰ってた損得、つまり経済合理的な基準で人間が常に消費行動をするのであれば、企業はすっごく楽なんですけどね。一方向に向かってシンプルに発展するので。
- 安田
- そうですね、そういう時代も、確かにありましたからね。
- 小阪
- でも実際には、線形、つまり直線的・連続的なふるまいというのを消費者がしないもんだから、一つの決まった解なんてないわけです。それは前提からして間違っているわけで。
- 安田
- これまでは、何か儲かる商売が出てきたらいかにそれを早くマネして、同じことをやるかっていう勝負でしたよね。
- 小阪
- そう、しかも安く。
- 安田
- 安く。そうですね。大量に作って、一気に売って値段を下げるとか。それが正解だったんですよね、当時は。
- 小阪
- そう。それだけでも十分、売れていましたしね。
- 安田
- でも今、その前提が揺らぎ始めていますよね。そうすると、経営の考え方やルールも変わってしまうんじゃないか?…っていうか、そうか。もう変わっちゃいましたよね。すでに。
- 小阪
- ええ(笑)すでに。
- 安田
- だから、経営者の皆さん、僕も含めてですけど。困難に直面しているんでしょうね。
- 小阪
- でも、すごく興味深いんですが、うちのワクワク系マーケティング実践会の会員さんの中でも特に目覚ましい成果を上げている会社さんは、「よりにもよってこの業種!?」というような不況・衰退業種ばかりなんです。不思議ですよね。クリーニング屋さんだとか、酒屋さんとか、ドラッグストアに囲まれている地域の薬局とかね。
- 安田
- へーっ!そうなんですか。面白いですね。
- 小阪
- そういった、いわゆる不況業種と言われている会社さんが成果を上げているのも、きっと、理由は同じなんですよ。彼らがどれくらい意識しているかは別として、すでに考え方に変化が起きちゃった人たちなんですよね。新しい経営の考え方・新しいルールにフィットした経営のやり方に変化してますからね。
- 安田
- 時代の変化に対応して、新しいルールで経営されてるんですね。
- 小阪
- そう。パッと見、相変わらず同じビジネスに見えるんですけどね。でも、これまでとは明らかに、日々やっていることも考えていることも違うんです。ですから、変化できない人達にとっては、そっちにシフトしたいのにできない。それが、経営者にとって最大の悩みなんじゃないかと思いますね。

- 安田
- すでに起きている変化を目の前にしてまで、昔のやり方から抜け出せない理由。それって、小阪さんは何だと思います?
- 小阪
- まあ、諸説あるとは思うんですが。今までの古い習慣を捨てて新しい習慣に入ろうとする時、個々人で見たときの判断は多様性があるのに、これが組織とかチームになると、新しいことに積極的に取り組む人は、せいぜい15%程度まで減少してしまうという研究結果が出ていて、参考にしているんですけどね。
- 安田
- やっぱり、2割に満たないんですか…。
- 小阪
- これ、研究したのは"普及学"という学問なんですけどね。イノベーターとかアーリーアダプターとか、安田さんも聞いたことありますでしょ?
- 安田
- あります。
- 小阪
- 普及学の研究者たちは、さまざまな分野で研究してきたんですよ。たとえば、雑種トウモロコシがアイオワ州の農民にどう広まったか、とか。生水が衛生的に悪い地域に浄水設備を作って、「浄水された水を飲んで下さい」という指導をする。そこで、その情報がどう広がっていくか、なんていうのもあります。
- 安田
- なかなか広まらないんですか?そういう指導って。
- 小阪
- はい、仰る通り。どんどん人が死んでるんですよ。でも、死んでいるにも関わらず、人間の多くは、これまでの習慣を変えようとしないところがあるんです。
- 安田
- それでも、ある程度まで行ったら爆発的に広がるっていうことですよね。
- 小阪
- そうです。そこからは、まさにSカーブの形で普及していくわけです。
- 安田
- ここで一つ疑問がありまして。業界の中でインフラとなりうるほどの大企業は別として、それ以外の会社が、中途半端に大きくて生き残っていけるのか?って思うんですよ。そこまで多様な消費感性を持った顧客を相手に、商品開発なんて、続けられるのかな?って素朴な疑問なんですけど。
- 小阪
- 厳しいことを言いますが、小さいから生き残れる、ということではないと思います。逆に、大企業だから生き残れないということでもないですしね。
- 安田
- なるほど。
- 小阪
- 例えば、組織は大きくても、まるで中小企業のように経営している会社ってありますでしょ。例えばスティーブ=ジョブズが経営に復帰してからのアップル。あそこはアップルらしさが一本、ズドーンと通っていて、かつ外部に発信されていますから。ああいうことは大企業でも、やろうと思えばできる可能性はある。結果的に、アップルという会社には強烈なファンが沢山いますでしょ。
- 安田
- たしかに、そうですね。
- 小阪
- ただ、逆に、アップルのように経営するのが大企業にとって難しいというのはありますね(笑)
- 安田
- では、大企業でも感性社会に適応した経営は不可能ではないけれど、小さい会社よりも難易度は高いと。
- 小阪
- それは言えると思いますね。アップルは、ジョブズという一人の人間が会社を体現していますから。彼自身のイメージや価値観が、組織の末端や商品の細部にいたるまで行き渡って、首尾一貫したブランドイメージを作り出していますしね。

- 安田
- たしかに。今のアップルは、どこをどこから切ってもアップルですもんね。
- 小阪
- 一方、ワクワク系マーケティング実践会の会員さんには、たとえば小さいお店の商店主の方もいらっしゃいますけど、自分さえ変われば軸が通りますから。変化の難易度という面では、大企業よりはるかにやり易いでしょうね。
- 安田
- 僕から見ていると、アップルって、昔からデザインとか機能性だけじゃない感性をパソコンに持ち込もうとしていた会社じゃないですか。だからそこにワクワクする方、ぐっとくる方が集まってきてお客さんになってるし、社員として働いている人も、待遇とか福利厚生とか、そういうのだけじゃないと思うんですよ。あそこは。
- 小阪
- そうですね。まさに社員=顧客の好例でしょうね。
- 安田
- でも、あくまで工業社会的な考え方。つまり、知名度があるとか、労働条件がいいとかそういう価値観で大組織を作っちゃって、後から私たちの共通の感性はこれだ!って言われても…何千人何万人っていう規模になっちゃうと、なかなか難しいんじゃないかって思うんですよね。
- 小阪
- かなりのチャレンジになるでしょうね。だって、ビジネスの一部であるマーケティング活動一つとっても、企業規模が大きいメーカーでは宣伝部門とプロモーション部門と営業部門と分かれていて、まったく会話したことがないなんていう状況も、しばしば聞きますからね。
- 安田
- もちろん、安くて品質の良い生活必需品は必要ですし、これからもマーケットとしてずっと存在し続けるとは思うんですけど。
- 小阪
- そうですね、でも、それはどちらかというと大きな企業の仕事で。
- 安田
- そう。感性に訴えるという意味では、小さい会社の方が、圧倒的に有利なんじゃないか。そうこうしているうちに、どこかで大企業と中小企業の社員一人あたりの利益額が、逆転する時がやってくるんじゃないかと思うんですよ。
- 小阪
- あ、それって既に起きていますよね。
- 安田
- 少しづつですけど、出てきていますよね。
- 小阪
- 僕がよく、大学の講義でも引き合いに出す佐藤繊維株式会社さんなんて、まさにそうですよ。独自の技術に裏打ちされた、ものすごく独自の魅力を持った商品を世に送り出している、山形県寒河江市の小さな会社さんなんですけどね。
- 安田
- 寒河江って!遠いですね。
- 小阪
- そう。山形の山奥ですよ。でも、佐藤繊維さんも、感性社会に適応した企画・創造型の会社に変貌を遂げるまでは、普通のウール工場だったんですから。相手の要望に合わせたり、値段を下げることで生きているような会社だったんですって。
- 安田
- 普通の工場だったんですか。
- 小阪
- そうなんです。で、佐藤繊維さんは、今では独自の糸などの材料や服を作ってるんですけどね。重要なのは、感性社会に適応した今でも、あくまで小さな会社のまま、寒河江の本社のままで。でも、世界中にお客さんがいるということなんです。
- 安田
- なるほど。
- 小阪
- で、海外からものすごい引き合いがあるから、じゃあ寒河江から出ようと思っているかっていうと、そういう考えは全くないと仰っています。非常にこだわって、作り込んでいる特殊な商品ですが、自分たちの美学に則って、自分たちが作り得る、誰にもマネのできないモノ作りに励んでいるんです。
- 安田
- 小さな会社のまま、寒河江の本社のまま、グローバルカンパニー。最高ですよね。
- 小阪
- カッコいいですよねー。
- 安田
- ものすっごいカッコいいっすね!

- 小阪
- これなどまさに、資本力があるからインターナショナルカンパニーになったわけじゃない。資本力じゃなくて、創造力で世界から引き合いが来ているわけです。そういう意味では、創造力が新たな資本なんだと。まさに知的資本ということなんだってことを、体現している会社ですよね。
- 安田
- それって、会社だけじゃなくて国もそうですよね。まあ、大国と呼ばれている国には失礼ですけど、ヨーロッパの小さい国の方が、アメリカとかよりカッコいいと感じるのは、なぜなんでしょうか?
- 小阪
- 今の時代は、価値観も多様ですし変化も速いですから。キュッとした、密度の濃い集団が光っていて。時代的な背景に合っているんじゃないかな。
- 安田
- 規模も売上も大きい方がいいし、従業員数も、できるだけ多い方がいいという時代が終わってしまった。自社の目的のために最適なサイズや場所を見極めて、それ以上に膨らませる必要がない。それがわかっている会社がカッコいいんでしょうかね。
- 小阪
- そうですね。生み出すべきものから、逆算するというか。佐藤繊維の社長さんも、「寒河江だからこそ、この糸を産み出せるんですよ」っていうようなことを仰っていて。まさにその通りだと。
- 安田
- うーむ。なんというカッコ良さ。
- 小阪
- 価値創造型の企業というのは、組織の成員が持つ創造力=クリエイティビティこそが資本ですから。産み出すべき価値から逆算した人数、場所、マネジメントの考え方まで異なってくるのは当然なんですよね。
企画/取材 : 安田 佳生、森山 大朗
クリエイティブディレクション/デザイン/文 : 森山 大朗
写真 : 三浦 希衣子



